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2026.04.08

やめるのは簡単。でも、僕はこの「一歩」を繋いでいく。

序:先代が遺した「一」という数字の重み

朝6時。冬の名残が残る山間の空気をつんざくように、作業場のボイラーが唸り声を上げる。かつては当たり前のようにそこにあった「先代」の背中がなくなって、3年。地域生協の食卓を支え続けてきた『一穂(いっすい)』の作業場を守るのは、潤さんだ。

「なくなってから初めて、その偉大さを痛感しました。何十年とこの作業を続けていたのかと思うと……すごい人だったんだなって。今は機械の一つひとつの音、石灰の回り具合、そのすべてが自分の責任。毎日が、先代との答え合わせのようなものです」

伝統を受け継ぐ。その言葉の響きは美しいが、現場は過酷な現実の連続だ。原材料費の高騰、温暖化による品質の変化、そして長年共に歩んできたベテランパートさんたちの離職。一人の経営者として、職人として、潤さんは今、かつてない荒波の中に立っている。

バタバタと響く、現場の音

作業場に響く、バタバタという音。

この音が、一穂のこんにゃくの仕上がりをつくっている。一穂のこんにゃくを語る上で欠かせないのが、「バタ練り」という製法だ。

「最近は大きなタンクで一気に練り上げるやり方が主流です。でも、うちはずっとバタ練り。叩き込むように練るから、そう呼ばれているんです」

機械のスピードと練り具合。このバランスが少しでも崩れると、こんにゃくの仕上がりは一気に変わる。

それでも、この製法をやめることはない。

バタバタと響く音。その中で生まれる細かな気泡が、あの食感をつくる。

先代・一穂が守り続けてきたものを、自分の手で確かめながら、今日も同じ工程を繰り返している。

コンクリ色に終わった夢

「こんにゃくを固める工程って、タイミングが難しいんですよ」

そう言って笑いながら話してくれたのは、過去の試行錯誤の一つだ。

鍋の中をのぞくと、さっきまでとは打って変わって、重く濁った灰色の塊ができていた。

「もうね、完全にコンクリート(笑)。直角すぎてびっくりしました」

形を変えようと試みたこともあった。
アポロチョコのような形を目指してみたが、型が浅くうまくいかない。
人参を使えば、オレンジやピンクに振ってしまう。

思うようにはいかない。

それでも、「でも、いいんです。ちょっと変わったこんにゃくがあってもいい。その試行錯誤が、今につながっていると思うんです」

うまくいかなかった経験も、そのまま積み重ねている。

守るために「捨てる」という決断

経営者としての判断は、時に現場以上に厳しい。

その一つが、給食配送の断念だった。

「以前は親父がいて、姉もいて、みんなで配送を回せていたんです。今も姉は関わってくれていますが、当時のように余裕のある体制ではなくて」

給食は時間が一分一秒で決まっている。
もし配送中に事故が起きたら。
もし自分が体調を崩したら。

「穴を開けるわけにはいかないインフラに対して、今の体制で責任が持てるのか」

そう自問した結果、断念した。

売上は当然、下がった。それでも、

「できないことを、できるふりして続けることはしたくなかったんです」

「一人で背負う」というより、今の体制で守れる範囲を見極めた上での判断だった。

「人を雇えば解決するかもしれない。でも、今の時代、小さな店にとってはそれ自体がリスクにもなる。だったら、今いる体制で守りきれる範囲で、ちゃんといいものを届けたい」

その選択が、先代から受け継いだものを次に繋ぐための、彼なりの答えだった。

この場所を、どう残すか

かつて『紅うさぎ』という名で、こんにゃくを主役にした料理を提供していた場所がある。ここをどう活かすか。

「紅うさぎも今は休業している状態なので、それも含めて、これからどう使っていくか考えているところです」と淳さん。

答えはまだ決まっていない。

ただ、一つだけはっきりしていることがある。

「ここで続けていく、ってことですね」

地域で長く続いてきた店が、少しずつ姿を消していく中で、この場所を残すこと自体に意味があると考えている。

結:終わらせないという選択

「やめるって言えば、すぐなんですよ。でも、続ける方がずっと難しい」

取材中、何度も繰り返された言葉だ。

大きな展開も、派手な広がりも、今はまだない。それでも、朝6時に火を入れる日々は続いている。

大量生産では出せない、「バタバタ」という音。その呼吸を、一丁の中に閉じ込めるように。

先代・一穂から受け継いだものを、どう残していくのか。その答えを、現場で探し続けている。

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